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いじめについて

一般論だけど、いじめられたことっていくつになっても忘れられないものである。

「キモイ」とか「死ね」とか、言った本人は軽い気持ちだったかもしれないけれど。

おかげでこの年になっても人の目が気になるし、いくら恋人からかわいいと言われても自分の容姿に自信が持てない。地元を歩くのも怖い。

加えてもう一つ忘れられないのは、いじめられて傷つく私を横目で見つつ、助けようともしてくれなかった人たちのこと。

こんなこと引きずりながら生きるなんて、実にくだらないと思う。

 

 

最近読んだ、ジョージ・オーウェル『動物農園』。

解説「ジョージ・オーウェルについて」が面白かった。

214~215頁の一節にはこうある。「だいたい内気な性格の子供というものは、特にはっきりした原因がなくても、団体生活に入ると、ややもすれば卑屈になったり劣等感につきまとわれたりするものである。いわんや、彼のように生来ひと一倍内気で、しかも感じやすい少年が、社会的・経済的に自分とはとうてい比較にならないほど恵まれた家庭の子供たちばかりの中へ、つまり、十分卑下したり卑屈になったりするだけの原因をはらんだ環境へいきなり投げ込まれたのである。しかも、こうした小学校程度の年格好の少年というものは、まだ劣等者に対する思いやりとか同情とかいったものが身に付くゆとりがなく、優越感や軽蔑がむき出しに出る年ごろである。(中略)後になって、彼がいろいろなところで当時の苦悩や屈辱を回想しているのを見ても、そのとき受けた心の傷の深さがうかがわれる」

 

長々と引用したけれど、私が言いたいのは、人間として完成していない頃に経験したことや感じたことは、その後の人生に大きく影響を与えるし、その人自身の生き方や人格形成にもかかわってくるということだ。

 

常に過去からの脱却を図ってはいるのだけど、なかなか思ったようにはいかないものである。