デモとオシャレとデート

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いつか、クーリエジャポンかなんかの行動経済学特集で読んだ記事に、相手を交渉の土台に持ってきてさらに勝利する(こちらの要求を受け入れさせる)ためには、まずは自らの退路を断つことで、覚悟や決意を表明することが大切だ。的なことが書いてあった。
例えばオシャレも自分の仕事も便利な生活もって捨てきれない多くのものがある場合に、身を投げ出してまで戦う決意があるのだろうか、どうせ途中で投げ出すんじゃねえのって思われてしまってもしょうがない気がする。
デモに自分の人生かけなくていい、もっとデモ参加の敷居を下げようって考えもあると思う。けれど、日本と諸外国のデモの在り方の大きな違いって、はたまたそれが政治家や現状を動かすかどうかというのは、自分の生死をかけた「本気度」にあるんじゃないかと思う。