当事者になりたい

新聞社のエントリーシートでは、志望動機に「当事者になりたい」「声なき声を代弁したい」「苦しんでいる人や悲しんでいる人の心に寄り添いたい」って書いた。「世間に対して問題提起する記事を書きたい」と結んだ。大学生の頃は、当事者でないことがつらかった。同じ「被害者」でないと寄り添えないと思っていたし、寄り添えないことが悲しかった。自分がどんなに心を痛めても、現状を変えられないのがしんどかった。「関心」だけあって何もしないなんて、最低だと思っていた。今は関心を持ち続けることだけでもいいんじゃないかと思ってしまっている。関心を持って、自分の頭で考えて、意見を持つだけでも何か変わるんじゃないかと思っている。大学生の頃はすごく極端で、非現実的だった。今はたぶん、社会との付き合い方を模索中なのだ。