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北國新聞2016年元旦社説


開業2年目の課題 文化立県の原点に戻るとき

 北陸新幹線が昨年3月に開業してから石川は瞬く間に、はやりの観光地と化した。高速で大量の輸送機能を持つ新幹線は在来線特急の3倍もの人を北陸に運び、予想以上の経済効果をもたらしている。

 景気回復の足取りが重いときに、石川は待望の新幹線開業によって大きな活力を手に入れたのは間違いない。気掛かりなのは開業の圧倒的な威力があちこちにきしみを生んでいることである。

 金沢では近江町市場や東山かいわい、長町武家屋敷跡などに観光客が押し寄せ、趣も風情もどこかに流されてしまった。嵐のような観光ブームは住民と街から平穏を奪い、心の荒廃を招いているのではないか。こうした不安がよぎるほど観光がもたらしたマイナスの影響が目につくようになった。

 北陸新幹線の開業から2年目に入る今年は、観光の負の側面をどう克服していくかが喫緊の課題になる。浮ついた空気に酔って石川本来の姿を忘れてしまえば、大事な地域の魅力も輝きを失いかねない局面である。

 この地の強みは何と言っても歴史に裏打ちされた文化だろう。石川の個性が際立つのも厚みのある文化のおかげである。開業から2年目は落ち着きを取り戻して文化立県の原点に戻るときである。

 金沢市が昨年11月に開催した泉鏡花文学賞の授賞式では、選考委員から観光客があふれる金沢の行方を心配する声が出た。五木寛之氏は駅に降りた途端、「新宿か渋谷かと思った」と皮肉った。「かつての面影はほとんどない」という感想は1960年代に金沢に住み、賞の創設から関わった作家の警告と受け止める必要がある。

 昨年の石川は新幹線開業の騒々しさで、まひ状態に陥っていたのではないか。デフレに苦しんだ事業者は客が来るうちに稼ごうと躍起になったかもしれない。先人が営々と築いてきた文化の蓄積も目先の利益を追う性急さに食い荒らされているのではないだろうか。

 この地の特色は本物の文化が人々の営みに根付いていることである。新幹線の開業と同時に観光客が殺到したのも、つくりものでない文化が息づいているという評判が伝わっていたからだろう。

 ところが今のひがし茶屋街や近江町市場はテーマパークのような街になってしまった。街並みや景観の背景にある歴史と文化を大切にする気風を失ってはいないか。地域が荒れるままにしておけば、金沢、石川を大切に思う人たちから愛想を尽かされてしまう。

 それでも先行きに期待を抱けるのは、観光客の急増がもたらした負の側面を憂える県民が増えてきたことである。県が新長期構想を検討するために昨年11月に開いた会合では負の側面を取り上げて「石川は観光立県でなく文化立県であり、金沢は文化都市だ」と指摘する意見が出た。「市民の台所」を掲げる近江町市場では肝心の市民が肩身の狭い思いをしている。そうした現状に対して「行政だけでなく、われわれも反省すべき時期にある」と促す声が出たことで、落ち着きのない空気に変化が生じている。

 懸念を受け止めた谷本正憲知事は県議会12月定例会の答弁で「他の追随を許さない文化立県・石川の確たる地位」を築く姿勢を示した。長期構想で文化の振興を重点戦略とするのは時宜を得た対応である。金沢市白山市が文化振興の条例制定に動いたのも心強い。

 文化を重視するというと「文化では食べていけない」といった反応が出るかもしれない。しかし、この地に文化の厚い基盤があるからこそ国内外から多くの人が訪ねてくることを認識したい。企業が石川に拠点を設け、本社機能を移してくるのも、ものづくりの伝統に加えて文化と学術が盛んな立地環境が評価されるからである。

 遠回りに見えるかもしれないが、文化立県の強みを磨くことがこの地の魅力を増し、勢いを生む。県が文化振興条例で宣言するように、文化の裾野を拡(ひろ)げ、その強固な土台を支えに文化の高みを目指していけば、石川は世界から一目置かれる存在になるはずだ。

 手遅れになる前に石川の人々が観光の負の側面に気付いたのはよかった。ブームに浮き足立つときこそ、あえて本質を問う見識と気概が求められる。



元旦からこんなに狂ってる社説を載せる新聞社の気がしれない。っていうか、広告の大きさに比例して記事の取り扱いが大きくなる新聞なんて、もはや新聞と呼べないと思う。