有り難がって高い金を払う人たち

人生で最も記憶に残っている寿司は茅場町あたりにある鮨屋で食べた寿司だった。それはおそらく人生で初めて経験した「たちの鮨屋」だったってことと、当時私は新聞社で働いていたんだけど、記者として初めて、いわゆる「ネタ」を取るために担当先のお偉いさんと一緒に食事をしたことが理由だった。振り返れば大したネタでもないのに、一緒にご飯でも食べればポロっと話してくれたりするかも、なんて甘すぎる見通しで、裏を取ることができれば記事にできたのだけど結局裏を取ることさえできなかった。それでも、一貫一貫丁寧に握られた寿司は美味しかった。パラパラ降る雨を避けるように地下道を通って移動したことまで覚えている。

 

ここは石川県金沢市、ここにしかないグルメを求めて東京の美食家たちがひっきりなしに訪れる街。2015年の北陸新幹線の開業以来、鮨屋の相場がバブル並みに高騰している。少し前、東京のグルメな人々に誘われて金沢(近郊)にあるミシュランガイドで星を獲得した寿司屋に行ってきたという知人の話を聞いた。おまかせで握ってもらって酒をほどほどに飲み、会計は一人あたり3万7、8千円ほどだったらしい(ちなみにドキュメンタリー映画二郎は鮨の夢を見る」の「すきやばし次郎」は夜行くと4万円〜が相場みたい)。正直その価値観がよく分からなくて「一度で良いからバカ高い鮨を有り難がって食べてみたい」とアホみたいな感想を伝えたら、知人から「違うよ、彼女たちは有り難がってお金を払う人たちなんだよ。高ければ高いほど喜んでお金を払うんだよ」と言われて妙に納得した。これは2021年の話で、その鮨屋は連日東京の富裕層たちの予約でいっぱいらしい。

 

高い金を有り難がって払う。自分にはない価値観というか経済力がそもそも違いすぎると思うのだけど、全く理解できないかと言ったらそうでもなくて、よく考えてみれば私も高いものに喜んでお金を使うこともある。2、3万円のTシャツを買うとき、多分私は有り難がってお金を払っている。高ければ高いほど嬉しいと思っている。それは、そんなお金の使い方ができる自分が嬉しいのか、それとも2、3万円のTシャツに価値を見出せる自分が嬉しいのかよく分からない。いずれにしても少し歪な世界だなあと思った。