「お子さんのお父さんは、育児をしていますか。」

子どもがちょうど一歳の誕生日を迎えたあたりから、哺乳瓶で粉ミルクをあげるのをやめて、コップ(+ストロー)で牛乳を与えている。牛乳を飲むのはだいたい朝食後とおやつの時間(保育園)とお風呂上がり。私は保育園へのお迎えから寝るまでの育児を担当しているので、夜に牛乳をあげる係だ。最近、言葉でのコミュニケーションが上手になってきた娘。何か飲みたいときには「みじゅ(水)」「ちゃ(茶)」「じゅーちゅ(ジュース)」「にゅうにゅう(牛乳)」と私に知らせてくれる。お風呂上がりには喉が渇くようで、毎晩パジャマを着る前から「にゅうにゅう」と連呼するのがお決まりとなっているのだが、今日、いつものように冷蔵庫を開くと牛乳がないことに気づいた。「パジャマを着たらにゅうにゅう飲むからね」と言われて期待していた娘。私が「にゅうにゅう、なかったわ。」と伝えると、察したのかその場で「にゅうにゅう.....」と泣き崩れた。その後、気を紛らわすために「ちゃ」を求め、少し飲んだもののやはりいつもと違う状況に「にゅうにゅう.....にゅうにゅう.........」と半泣きで呟き続けるので、もう夜の8時すぎだったけど抱っこ紐で子を担いで近所のドラッグストアまで牛乳を買いに行くことにした。

 

徒歩5分ほどで店に着き、店内に入って真っ直ぐに牛乳コーナーへ向かい、そのままレジに並ぶ。会計を待つあいだ、小銭を用意していたら5円玉を落としてしまい、前にいたおばさんがすかさず拾ってくれた。私が子どもを抱えていたから気遣ってくれたように感じて有り難かった。明治おいしい牛乳(900ml)235円。10円玉10枚と、100円玉1枚と50円玉を1枚と、1円玉を5枚で支払う。持参したエコバッグにしまってドラッグストアを後にし、子に「おうちに着いたらにゅうにゅう飲んでねんねしようね」と話しかけながら、内心は「家に着くまでに抱っこ紐の中で寝てくれてもいいんやで」と思っていた。久しぶりの夜の散歩は気持ちよく、風が心地よくて少し遠回りして帰ることにした。すると、後ろの方から「何ヶ月ですか」と私に向けて話しかける声が聞こえた。振り返ると、さきほどドラッグストアで5円玉を拾ってくれたおばさんがいた。家の方面同じなのかな。「かわいいわね、髪の毛が黒々としているわね。結んだらパパが喜ぶかもね」とおばさん。夜に小さな子どもを連れて出歩いていることを心配されたのかもしれないと思い、こちらから「寝る前に牛乳を飲むのが定番なんですけど、切らしちゃって、慌てて買いに来たんです。普段は夜には出歩かないんだけど」と伝えると「こんな夜にどうしたのかしらって思って着いてきちゃって。ごめんなさいね」と言われた。着いてきたんかい。

 

話を聞くと、育児サークルを開催しているとのこと。公民館の一室などを会場に、小さい子連れの母親たちが集まり、育児や仕事との両立、パートナーとの関係などをざっくばらんに話したり、講師を招いて子育てについてのアドバイスを行ったりしているらしい。「もし興味があれば、来週予定しているので来てみない?」と誘われ、(そういえばまだ娘がハイハイもし始める前にスーパーで育児サークルの勧誘をされたなあ)と思い出しながら、「平日は保育園に通っているので」と丁寧に断った。「そうなのね。じゃあ、もう仕事復帰しているのかしら。パパは育児をしてくれている?」と聞かれ、夫は仕事をしながらも私以上に育児も家事も頑張っていることを伝え、娘もそろそろ退屈そうだったので、お礼を言って別れた。

 

我が家の場合、お世辞でもなんでもなく本当に夫が育児も家事も頑張っているので、私はその点に関して悩みが少ない。だけど「平日の夜8時すぎに抱っこ紐で子どもを抱えてドラッグストアに来ている母親」の姿を見て、たとえお節介だったとしても心配して話しかけたくなる気持ちは私にも分かる。もしもパートナーが育児に積極的じゃなかったり、家庭のことを丸投げして残業ばかりしているような人だったりしたら、年上の女性から優しく声をかけてもらい、困りごとはないかなど心配してもらうことが救いになる人もいるだろうと想像した。

 

と、ここまで書いて気づいたんだけど、ふと「もしかして宗教の勧誘じゃない?」と思って「育児サロン(サークル) 宗教」で調べたら、悲しいかな同じようなケースがたくさんあった。そういえば今日わたしに話かけてきた女性は「パパとママの笑顔が増えることで、自閉症の子も症状が軽くなってね...」といったまるで根拠がない&無責任なことも話していた。本当に善意から話しかけてくれる人のことを真っ先に疑わなくてはならないなんて、難しい世の中である。本当に。

 

もうすぐ子どもの一歳六ヶ月検診がある。事前に送られた調査用紙の一つである厚生労働省が主導となって行う一斉調査の問診票には、相変わらず「お子さんのお父さんは、育児をしていますか。」の問いがあった。前回の検診の際(六ヶ月検診だったかな)、初めてこの問診票を目にした私は怒っていた。いまどき、お子さんの「お父さんは」だなんて。世の中にはシングルファザーもいるし、男性同士や女性同士のカップルだっている。母親が育児をするという前提に基づいていること自体がナンセンス。一刻も早く、質問の文言を現代に合わせてアップデートしてください。といった思ったままの内容を余白の部分に書き込んで提出したのが昨年のこと。今回、改めてこの問診票を目にして、世の中が変わりつつあるといってもいまだにほとんどの家庭では女性が育児の担い手であること、女性だけが育児の責任を負うことによるストレスをケアしたり場合によっては支援が必要なことなどを考えると、この質問のままで良いのではないかと思うに至った。私のような変に意識が高く、かつ夫にも恵まれて育児の困りごとが世の中の大半と比較すると少ない人が、こういったシーンで「ジェンダー平等を!」とか言葉尻を捉えるようなことをする弊害がなきにしもあらず。世の中が自分を中心に回っているわけではなく、「お子さんのお父さんは、育児をしていますか。」を「あなたのパートナーは、育児をしていますか」に変えたところで世の中が変わるわけでも誰かの意識が変わるわけでもない。という超当たり前なことに気づいた今日だった。家に帰ったあと、子は牛乳を勢いよく飲み干し、満足そうに寝室に向かって、しばらく私の腕を吸って寝た。

 

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