日記

毎日、一日5通くらい自分宛にショートメッセージを送っている。内容はその日のスケジュールとか忘れたらマズいこと(ペーパーフィルターを買うとか何かを提出するとか)、あとは生活していて気になったことやあとでしっかり書きたいと思ったことなど。この自分宛のショートメッセージが増えるときというのは、心療内科の主治医の言葉をそのまま借りると「アンテナが高くなっている」ときで、ざっくり言えば躁スイッチがオンになっているときだし、ASD的には感覚過敏になっているときであると考えている。昨日、一日で4件取材したからなのか、久しぶりにロックンロールを聞いているからなのかわからないけど朝から躁で自分宛にメッセージを送りまくっている。ということで締め切りをたくさん抱えていてやばいっちゃやばい状況なのだけど、天気もいいことだし箇条書きのメモを一つずつ文章にしていくことにする。①基本的に、ミュージュシャンの名前が覚えられない。というか、覚える必要がないと思っているからそもそも知ろうともしていない。めちゃくちゃ好きなバンドはいくつかあるけれど、メンバーの名前を聞かれても答えられるものはほとんどない。例えばブログで繰り返し言及しているシガーロスであってもボーカルを務めるヨンシーの名前しかわからないし、別にこれはアイスランド人だから名前が読みづらくって覚えにくいとかそういうのじゃなくて日本人であっても全然わからない。興味がないのだ。だからおとといXのタイムラインを見ていて、突然、亀川千代さんの訃報に悲しむ人投稿が増えたときに、誰のことだろうって疑問に思って調べたらゆらゆら帝国のベーシストだったことがわかった。ゆらゆら帝国は中学か高校時代、メールアドレスを「3x3x3@」にしていたくらいにはハマっていたし聞いていた。誰が私にゆらゆら帝国を教えてくれたんだっけ、と振り返っていたら思い出した思春期にどっぷりハマっていたインターネット掲示板「タレコミ」のこと。当時は一日中タレコミを見ていて、一日中死にたいと呟いている日もあれば、ひたすら草を生やしている日もあれば、顔も名前も年齢も知らないお兄さん(推測)たちが一所懸命ロックを語っているのを見たりたまにおすすめしてもらったりしてもらう日もあった。多感な時期に本当にかっこいいものに触れることができたということに今でも感謝していて、それこそ顔も名前も年齢も知らないお兄さんたちだったけど、今でもありがとうって思っている。タレコミで知らなくてもいずれゆらゆら帝国聞いてたかもしれないけど。だからどれだけインターネットが汚く見えてもどうも憎めないし嫌いになれないのだ。②昨日は終日取材のため外出しており、金沢、いや石川県きっての観光地である兼六園を久しぶりに訪れる機会があった(余談だが、取材のあいまにお茶屋さんで見つけた抹茶茶碗を衝動買いした。べらぼうに高いわけでもないけれど、決して安いわけでもないその抹茶茶碗の絵柄に一目惚れしたのだ。抹茶を立てたことすらないのに茶器を買う時点で「躁」は始まっていたような気がする)。兼六園は想像以上にすごい人だった。しかも外国人だらけで日本語を話す人は極めて少ない印象。かたや午前中には能登の復旧(復興ではない)がまるで進まないことや、北陸応援割の使い勝手の悪さについて話を聞いてきたばかりである。元旦から時間が止まったままの能登、を有する石川県と、進む円安でますます増える外国人観光客と、物価上昇に伴う賃上げがあるわけでもなく、実質的に消費できるお金が減っている私と。兼六園のあまりの賑わいぶりに、パラレルワールドに迷い込んだような、そんな感覚になった。なんか世の中がへん。③路上喫煙を禁止する条例に基づき、東京都内の一部の区では違反金として2,000円を徴収していることに対し、外国人観光客が「2,000円を(チップ感覚で)払えば路上喫煙が認められる」として平然とタバコを吸い違反金を払っているというネットニュースを見て、ついこのあいだ夫が「あんまり人に迷惑とか考えすぎないようにしようと思って。迷惑だったら注意されるだろうし、だったら注意されるまでやったらいい」と話していたことを思い出した。特に子連れで出かけると、こんなところではしゃいで迷惑かなとか走ったら邪魔にならないかなとか、いろいろと周囲に気を遣うシーンがあるのだが、実は誰からもこんなところではしゃぐなとか走るなとか注意されたことがない。勝手に気を遣って勝手に窮屈な思いをして勝手に生きづらくなるくらいだったら、自由にやって、誰かから注意されたときに改める、それくらいがちょうどいいのだろう。ちなみに夫の好きなところは芯にロックンロール精神があるところで(私が27歳の誕生日を迎えたときに、「27歳は偉大なロックンローラーが死ぬ年です!おめでとう!」とメッセージをくれた。ロックだ)、ゆらゆら帝国然り、いつも心にロックンロール精神を持っていることはまじで大切。④発達障害について。発達障害って脳(発達)の異常(かなり雑な言い方だけど)だと思われていて、個性的だよねとか人と違う考え方や世界の見方をしているよねとか自分のリズムで動いている人だよねみたいに言われることが多く、それ自体は間違っていないのだが、私の大きな困りごととしては一つ感覚過敏が挙げられる。音が気になってしょうがない。匂いが気になってしょうがない。服の肌触りが気になってしょうがない。それだけで十分、世界は生きづらい場所になる。音が気になったり匂いが気になったり、そんなことよくあることだよって少なくない人が言うけれど、たとえばこんな経験はあるだろうか。私は就職活動をしていたとき、一次選考を兼ねた会社説明会で、隣の人の匂いが気になって途中退室したことがある。昨秋はせっかく富山まで車を走らせてお気に入りの温泉を訪れたのに、露天風呂に入っていたら金木犀の香りが気になりすぎて発狂しそうになった。夫と娘と新潟の温泉宿を訪れたとき、いざ寝ようとすると換気扇なのか何なのかわからない雑音が気になって入眠できず、言葉どおり一晩中「音」の原因を探して部屋のなかをうろうろしたことがある。そういうの全部、発達障害は障害ではない!個性的で素敵!で済ませることできるだろうか。ちょっと前に人から言われてビミョーって思ったというかすごく考えさせられたことがあって、それは話の流れで私が「発達障害があって」と言ったら、「いやいや、そんなこと言わないでくださいよ。障害っていうとあたかも悪いことみたいな言葉だけど、人と違ったペースで生きているだけですよね」みたいに返されたことがきっかけだった。先に書いたように人と違うペースで生きている、そんな大雑把なものではなく明確な困りごとがある。発達障害は「変わってる(Strangeな)」わけではない。でも違いはある。だから「あなたは別に変わってないし、私たちと同じですよ」みたいなこと言われると頭のなかにハテナが浮かぶ。いやいや、違いはありますよ。発達障害があると自認することに対して、「考えすぎ」とか「その言葉に頼らない方がいい」とか「自虐的」みたいに思われることがあるけれど、別に発達障害を自認する(診断を受ける)ことはネガティブではない(「障害」を「障がい」にすれば何かが解決すると思っているのと同じような話だと思う)。一回忘れようと思っていたけどやっぱり書き残しておきたかった。以上、原稿に戻りま〜す。