日記

5月13日(月)三日間一人で東京、最終日の朝。一日目は妹の部屋に泊まらせてもらって、二日目は予約してくれたゲストルームに泊まって一人で寝た。初日の夕方、駅のホームにいたところ夫からテレビ電話が着て、出たら娘が「ママにあいたい」と泣いている。胸が苦しくなって、今すぐ帰らなきゃいけないんじゃないかという後ろめたさや焦りを感じる。一人なのになんで私はママから開放されないのだろうと思った。行きたいところへ行って観たいものを観て会いたい人に会って妹とたくさん話して寝る前にだらだらして起きてからもだらだらした。日常ではない過ごし方。二日目の夜は一人だった。大人なのに恥ずかしいような気がするけど一人が寂しいと思った。結局、日頃切望するほど一人になりたくなるのは私が一人じゃないからで、いざ一人になると一人が寂しくなる、すごくわがままだ。くるりの「安心なぼくらは旅に出ようぜ」という歌詞がずっと好きで旅するときも旅に出ないときもよくこのことを考えている。一人じゃないから一人になろうとするし、悲しくなくなったから悲しかったときと向き合えるようになったり書けるようになったりするし、安心だからひとり旅に出られる。

 

5月14日(火)東京に行ったのは国立西洋美術館で開催していた現代アートの企画展「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」と横浜美術館で3年に1度開催しているヨコハマトリエンナーレを観るのが目的だった。「ここは未来の〜」はプレス向け内覧で飯山由貴さんのパフォーマンスが話題になっていたこともあったのだが(飯山由貴がイスラエルのパレスチナ侵攻とスポンサーの川崎重工に抗議。国立西洋美術館「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?」記者内覧で|美術手帖)、それ以上に2019年のあいちトリエンナーレで観ることが叶わなかった田中功起さんの作品をどうしても観たい気持ちがあった。私がどうしてこれまで一度も観たことがない田中さんの作品に惹かれるかというと「表現の不自由展・その後」が閉鎖されたことに抗議して展示を取りやめた田中さんが展示スペースの入り口で配布した「不安についての短い手紙」の文章がとても素晴らしかったから(5月3日、憲法記念日。 - nov14b’s blog)だったのだけど、実際に足を運び、時間をかけて鑑賞して最も胸を打たれたのは弓指寛治さんの作品だった。「1986年三重県伊勢市生まれ。名古屋学芸大学⼤学院修了後、学生時代の友人と名古屋で映像制作会社を起業。2013年に代表取締役を辞任し上京、作家活動を開始。 同年の秋に母が自死してしまい、これまでの人生観や生活が一変してしまう程の大きな失望を経験する。 この出来事をきっかけに死者への鎮魂や、亡き者への視点を変容させる絵画作品の制作を手掛け始める」(参加作家一覧(五十音順) ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? | 国立西洋美術館)。一年間にわたって山谷地区に通い、そこで生活する人たちとの交流や観察を通じて作品や言葉に落とし込んだ、「上野公園、この矛盾に充ちた場所:上野から山谷へ、山谷から上野へ」。東京・上野にある国立「西洋」美術館で、これまで作品やテーマとして扱われることがなかった人たちが描かれ展示されている、その事実になんか衝撃を受けちゃって涙が出そうになったのだが、すぐそばには作者がいて、話しかけたい気持ちもあるのに感想も何もかもが言葉にならない。ぐっと堪えて会場を後にした。ちなみに飯山由貴さんの作品は過去に森美術館で開催された「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」で観たことがあったのだが、このときよりも今回はわかりづらいと思った。プレス向け内覧で行われたパフォーマンス「込み」で作品全体なのだとしたら、そのパフォーマンスを実際に観ていない私はどうやって展示会場にある作品と向き合ったら良いのだろう。アートについてはぜんぜん詳しくないけど、壁に付箋を貼っていく方法もよく見る手段なだけに、なぜここでこの人がこの展示をするのか、という意義みたいなのがわかりづらく感じた(とはいえ毎回この手の展示を見て手書きの文字、来場者それぞれの人による生の声、その量には圧倒されるのだけど)。

 

5月15日(水)最近忙しすぎてまだ5月(しかも半ば)なのかという気持ち。現代アートは物心がついた頃からなんとなく好きで、特に関東に住んでいた頃や子どもが生まれる前は県内外いろいろな展示を観に行ったけど、そもそもアートがなんなのかも分からない(ちなみにアートってけっきょく何?と思って手元にあった「芸術実行犯」(Chim↑Pom)を開いたところ、超意訳だけどアートとはつまり「ユニークであること」らしい)。ヨコハマトリエンナーレについても思ったこと感じたことを感想に書きたいと思ったが、あれだけの作品を観て一言で言い表せることができるはずもなく、かといって言葉を尽くして印象に残った作品それぞれに言及するほどのやる気もない。だけどなんとなくヨコハマトリエンナーレに行ってよかったな、という感じが残っていて、そのことについて今朝考えていたとき、私が現代アートを好きなのは、作品を観ているときは自分の人生を一切考えなくてもいいからなのかもしれないと思った。関心が世界とか海外とか他人に向かううち、意識が自分から離れていくような。制作中のzineは17日までに修正を送らないといけなくて、全体うち3分の2は過去のブログを抜粋・再編集したものなのだけど、過去の自分と向き合ううちに恥ずかしくなったりこんなものを世に出してどうすると思ったり。だけど過去の自分をなかったことにはできないよなあと思って今日を含めてあと3日。胃の痛みと闘いながら頑張ろう。

寂しさと一生一緒に生きていく

発達障害についてのポストをよくブックマークしているから、X(旧ツイッター)の「おすすめ」欄にはたびたび発達障害についての投稿が流れてくる。「もしも自分が発達障害かも?と思ったら、生育環境や親との関係を振り返ってください。それは愛着障害かもしれません」とか、「ASDと診断がついた人でも、実は複雑性PTSDという場合があります」とか。最近調子があまりよくない。昨日は保育園を休んだ娘の子守りをしていた夫に頼まれた箱ティッシュとコーヒーを買って帰るのを完全に忘れていた。たまに発する声のボリュームがおかしくて、極端に大きかったり小さかったりする。ぼーっとしているしなんとなくずっと眠いし食欲もあまりない。理由はたぶん家族のことを振り返っているからで、おとといは悪夢を見る睡眠導入剤を飲んだら就寝前にすごくつらい感情がフラッシュバックして、かえって眠れなくなった。書くためには自分の人生を振り返らなきゃいけないし、どうしてだったんだろうって考えなきゃいけないし、その延長で「それでよかったのだろうか」とか「こっちの道はなかったのか」とか考えちゃったりして、産みの苦しみと言ってしまえばそこまでだけどなかなか労力がいるし疲れるものである。物事の捉え方、世の中の見え方を変えることはできるけど、根本的な性格とか特性は変えることができないと思うし、自分のなかにある寂しさみたいなものはどこまでいっても消えないと思う。楽しいときとか何かに集中しているときにはそれが気にならなくなるけど、何もしていないときとか考えごとをしているときには寂しさの存在感が増すみたいな。私がたびたびXで言及しているきゃりーちゃん(※きゃりーぱみゅぱみゅ)のweb連載、改めて読み返してみたら私の拡大解釈みたいなところもあったのだけど、幸せになりたくて結婚したり子どもを産んだりしているはずの友人たちが、実際に結婚したり子どもを産んだりすると「結婚生活や子育ての愚痴も言うという…。その愚痴を聞いていると、そういうふうに追い込まれちゃうんだ、まだ自分はそこにいないんじゃないか、自分は結婚して「今超幸せ~」みたいにはあんまりならないんだろうな」と書いていて、いやいや幸せになるために結婚しているわけじゃないよ、と思いつつ、自分も同じように考えているところがある気がした。結婚して子どももいるのに寂しい私は変なのだろうか、という気持ち。でもそれって結婚がポジティブでハッピーなものって思っているからで、結婚がただの「形」でしかないと思えば、結婚している私が寂しくなるときがあっても当たり前のことである。結婚しているけど寂しい、それは間違いじゃないし、誰にだってそういうときはある。寂しさは簡単にはなくならなくて一生一緒に生きていくものなのだろう。

日記

母のすすめ(?)で、もう何年ぶりかわからないネイルサロンにきた。たぶん前に来たのは前の前の会社に勤めていた頃、ご褒美旅行でタイに行ったときで、おじさんたちとの飲み会が終わったあと、夜ひまでタイの街をぶらぶらしたついでにネイルをしてもらった気がする。マニキュア(っていう呼び方は古いのか?)は爪が呼吸できない感じがして苦手でほとんど塗らないけど足の爪なら耐えられそう。単にジェルネイルするって言ってもまず塗る前に爪を削って甘皮削ってとにかく丁寧に施術してくれるネイリストさん。一つひとつの作業はシンプルなのかもしれないけれど私からしたらその一つひとつを丁寧にできることがめちゃくちゃすごい。他人の仕事を「誰にでもできる仕事」とかいう人がいるけれど、じゃあ自分はその技術を習得するために勉強したり経験を積んだりできるかとか、仕事として続けていけるかとか考えたときに、仕事ってその仕事自体の難しさよりも、向き不向き、好きとか、好きじゃなくても続けられるかとかそういう要素の方が大きく影響しているような気がして、やっぱり「誰にでもできる仕事」なんてないんじゃないかと思うに至る。よく「モラハラ夫が家事なんて俺にでもできるって言うからやってもらったら一、二日はもちろん完璧にこなせるんだけどそうじゃなくてそれを365日できるのかよ」みたいに怒ってる人の投稿をSNSで見かけるけれどそんなようなこと。継続は力なり、もし自分がなにかをずっと好きでいたり一つのことを続けていたりしたらそれはもう立派な才能。

日記

午前中にネットで役職定年を迎えた女性の話を読み、どこか違和感というか引っかかるものがありながら一日を過ごし、夕方犬の散歩をしながら彼女の一連の投稿を読み返してそこにあった「多くの既婚女性が家庭に主体性を引き渡したように見えた」という言葉に引っかかっていたのだと気付いた。言いたいことはわかる。私にも男性に負けたくないと思っていた時期があったしキャリアを捨てたくないと思っていたから。だけどどうしてもひとこと言いたいのは、結婚・出産した女性に対する解像度があまりにも低くないかということ。ひとことと言いつつもう少し書くけれど、私は自分の選んだ道を正当化したいがために自分とは異なる道を歩んだ人を引き合いに出すようなやり方が嫌いだ。何かをアゲるために何かをサゲるみたいな。たとえば「ニトリのプロダクトのようなインテリアとしても中途半端で環境にも悪い家具は嫌いだ。だから私は昔からの職人の手業によるもので、多くのひとの人生を支えて時空を超えてやってきたようなヴィンテージの家具しか選ばない。」みたいなそんな書き方。ニトリに言及する必要、ある?この「自分の選んだ道を正当化したいがために自分とは異なる道を歩んだ人を引き合いに出す」ことは女性が人生を語る上でなぜかよく見かけることで、本や雑誌を読んでいたりSNSを見ていたりするとしばしば遭遇する。結婚はしないことにしました、なぜなら結婚した女は主体性を家庭に明け渡しているように見えたから。結婚はしないことにしました、なぜなら結婚した女は経済力を奪われるから。子どもは産まないことにしました、なぜなら出産した女は子どもに時間も金も奪われて不幸せそうだから。子どもは産まないことにしました、なぜならパートナーに育児を押し付けられて奴隷のような生活を送ることになるから。令和のいまになっても女性は世間から結婚しない理由や子どもを持たない理由を問われることが多く、本来は必要のない説明が求められているというのはわかっているのだけど、かと言って結婚も出産もした立場としては反論したい気持ちにもなる。そもそもだよ、こういう生き方をする女性は不幸だとか、こっちの人生は間違いだとか、女同士で引き合いに出したり歪みあったりすること自体が不毛ではないか。あえて言うまでもないが念のため書き加えておくと、私は他人が結婚しない人生を歩んでも子どもを産まない決断をしてもまじでどうでもいい。どうでもいいし勝手に幸せになってほしい。本当に、心の底からあなたの幸せを願っている。ただ、私は誰かの人生を肯定するために結婚したり子どもを産んだりしたわけではないということを強調しておく。

日記

zineのいろんなことが気になって一晩に二回も三回も目覚めるから今日こそはしっかり寝たいと思って眠剤を飲んだのに、午前1時頃になって悪夢にうなされて目が覚めた。ピノキオの挿入歌「困ったときには口笛を」をBGMに白人のおじさんが緑色のアメリカ車に乗ってゆっくりゆっくりと追いかけてくる夢で、娘が恐怖のあまり怯えて泣き叫んでいて、母親としては娘のひどく怯えた表情がトラウマ級に苦しかった。その後、二時間ほど眠れなくて気づいたらまた入眠していたのだが、今度は何者かに追われている夢を見た。私と父を本気で殺そうとしている人がいる。必死になって逃げるのだけど、家の外から攻撃されてどんどん家が壊れていく。睡眠導入剤って悪夢を見る副作用とかあるのだろうか。はやくいろんなものから解放されて楽になりたい。ちなみに今週末は新潟に帰って、来週末はひとり東京に行く。東京に行く当初の目的は美術館巡りをすることだったけど、予定を立てて一ヶ月が経ち、だんだんどうでもよくなってきた。3日間、一人を楽しめたらそれでいい。このあいだ雑貨屋さんの店内に併設したキッズスペースで子どもと遊んでいると、娘と似たような背丈の女の子がやってきて、娘が持っていたおもちゃの双眼鏡を指差し「これ貸してよ」と言った。児童館とかに行くと、よく同じようなシーンで「お友だちに貸してあげようね」と声掛けする親を見かけるが、私は二人のやりとりに口を出さず黙って見守ることにした。娘は「娘ちゃんこれで遊んでるから」と言ってはっきり断っていた。いいぞ、娘。譲りたくなかったら譲らなくていい。

日記

昨日の夕方、家族で近所の山へ犬の散歩に行ったら、同じタイミングでやってきた夫婦が大きなスコップを担いで脇目も振らず竹やぶへ入っていき、私たちが散歩を終えるのと同じタイミングで袋いっぱいの筍を抱えて駐車場に戻ってきた。雑木林を歩いていたら、筍を掘ったと思しき跡や剥いた筍の皮をたくさん見かけて、春らしいもの、山菜が食べたいと思い夕食の献立は山菜の天ぷらと蕎麦に決まった。帰り道スーパーに寄ると筍が山積みになって売られている。大きいもので1200円くらい、小さいと800円くらい。いまさっき、一時間のあいだに7つも8つも筍を収穫するのを目にしたばかりである。どうも筍を買う気にはなれなかった。山菜を求めて大型スーパーに行くのがそもそも間違っていたのだが、案の定、筍の他にはわらびしか見つからなかった。わらびを買うのは初めてで、アク抜きに半日以上かかるということを知っていれば「今晩の天ぷらの材料に」なんて思わなかっただろう。結局、鶏肉と大葉と舞茸とかぼちゃとナスを天ぷらにして、わらびは次の日になってとりあえずレシピで見つけたナムルにして食べた。夫は気を遣ってくれたのかおいしいねと言ってくれたけれど、私は普通のニラともやしのナムルが好きだと思った。zineを作ると決めてから頭のなかがzineのことでいっぱいで、日中はもとより寝ているあいだにも何かを思いついては起きてメモをするということを繰り返していたらだんだん疲れが溜まってきた。完成できるかわからないし、それが完成したとて、自分が納得いく出来栄えになるかもわからず不安でしょうがない。久しぶりに開いた森巣博の「無境界家族」に「しなければならないことは、しなくても一向に構わないが、したいことは、是非ともすること」と書いてあった。私の好きな言葉だ。一つ大きな仕事を終えたばかりで遊んで暮らすはずだった4、5月。自分で締め切りを設けて、苦しみながら文章を書いて、不安になって寝れなくなって一体何をしているんだろうと思ったけれど、これはしなければならないことでもなく、したくないことでもなく、私が進んでしたいことなのだ。

日記

家族みんな疲れて寝るらしくて暇だしすることないしブログでも書くかとはてなブログを開いたけどそんなに簡単に書けるものでもないよなと思ってそれから私は普段けっこう真面目にブログを書いているんだなって気づいた。できれば面白いものを書きたいし、ボツにしているネタはたくさんある。投稿数よりもたくさんある下書きの数。今日はどうかな書き切れるかな、パソコンのバッテリーの残量が33%だからちょっと微妙だ。田舎のヤンキーたちに囲まれて思春期を過ごしたから(こういうときだけ環境のせいにする)たまにポロッと口の悪さを披露してしまうのだが、文章ではむかつくとか死ねとかそういう言葉じゃなくてむしろ愛を込めて怒りを伝えたい。私は私が怒っていることを書きたい。発達障害支援センターに通っていた頃、朝はコーンフレークとりんご、昼は(上司から食事に誘われることがなければ)出先のパン屋で買ったパン、夜はサラダかアイスという食生活を丸二年間続けていたことを相談員に伝えたところ「年単位ですか」と驚かれたときに、自分がちょっと異常だったのだと気づいた。自分が食べたいものがわからない。その日によって違うものを食べたいみたいな気分も特にない。栄養を摂ろうみたいな意識の高さもない。流行りのものとか新しいものを食べたいみたいな興味もない。そもそも自分の食欲、お腹が空いていることに気付けない。振り返れば酷かったのは一人暮らしの頃で、自分で食べるものを自分で考え自分で調達するということが私にとってはけっこう難しかった。考えられる理由はいくつかあって、一つ目は生活における食の優先順位が著しく低いことだ。Chim↑Pom from Smappa!Groupのエリイちゃんが著書「はい、こんにちは」のなかで「生命を誕生させる為だけのセックスは必要ない。快楽由来のセックスには名分があるが」と書いていたのが私は気に入っているのだが、食(欲)に関して思いを巡らせているときにこの言葉を思い出したのは、私は栄養補給をするためだけの食事に魅力を感じていないのかも、と思ったから。生きるために栄養を摂る、とりあえず何かを食べるってなんて味気ないんだろう。どうせ食べるなら好きなもの、美味しいものを食べたい。でも、そんなに好きなものもないし食べたいものもない。生きるための食事と関連して、日々の食事というものがある。外食とかご馳走とかをハレの食事だとしたら、日々の食事はケである。その、ケの食事で何を食べたらいいのかわからない。たぶんこれはASDの特性によるものでもあるのだろうが、私は「適当にする」の感覚がよくわからない。たとえば服にも色々あって仕事に着ていくだけの服とか近所で着る用の服みたいな、適当な服的なジャンルがあるけれど、特別好きでもない服には一銭も使いたくないという理由から私のクローゼットには本気でときめいた服しかない(といっても大したものではないけれど)。で、先に書いたこととも被ってくるが、適当に食べるものって何を選んだらいいの?好きなものならわかるけど、となってしまうのだ。みんな「適当に」何かを食べていてすごい。ちなみにこの適当な(日々の)食事問題は結婚して夫と生活を始めてからほとんど解決した。食べたいものがない私はスーパーへ出掛けても自分が何を食べたいのか(作ればいいのか)わからなくて発狂しそうになってしまうのだが、子どもが生まれてからは夫が買い出し&料理を担当してくれるようになり、私は腹が減ったら家にある食べ物をただなにも考えずに食べればいいだけになったのである。そういえばASDは自分が抱えているストレスや疲労に気づきにくいのだが、それに加えて食欲にも疎いらしい。食の優先順位が低いことと、適当に選ぶということができないということ、それとまた別の理由が鬱だった。「朝はコーンフレークとりんご、昼は(上司から食事に誘われることがなければ)出先のパン屋で買ったパン、夜はサラダかアイス」という生活をしていた頃、正確に言えば新卒で入った新聞社で、入社と同時に生まれて一度も訪れたことのなかった北陸の地に配属となり、パワハラ上司とお局ババア、それから当時は珍しかった女性社員である私を嫌っている中間管理職というたった4人しかいない逃げ場のない支局で過ごした2年間はただでさえ鬱気味な私が完全鬱になるにはもってこいの環境だった。不幸中の幸いで残業は少ない職場だったが、仕事を終えていちおう毎日コンビニなりスーパーに向かうけれど脳がまったく動かない。どんな食材を見ても食べたいとか買いたいと思えず、節電のため薄暗いスーパーの中をぐるぐると何周もし、絶望して何も買わずに帰ってくるという日々が続いたことがあった。料理家の土井善晴は「くらしのための料理学」で「自炊するってのはちゃんと生活しようとしていることだからえらいで」みたいなことを書いていたけれど、まさにその逆で、自分の食を蔑ろにすることそれはつまりよく聞く言葉を使えばセルフネグレクトだった。そして「食事に関して無駄に迷ったり悩んだりするのはやめよう」と自分なりに考えて編み出したのがコーンフレーク、パン、サラダというルーティンだったのだが、ここでASDが悪いように作用して、今度は一度定着したルーティンを崩せなくなり、2年間も続けるに至る。そういえば会社員の頃、私のことを可愛がってくれる上司がいて、昼食どきになるとよく「一緒にごはんいこうよ」と誘ってくれた。で、私に気を遣って「ご馳走するし何か食べたいものある?」と聞いてくれるのだが、食べたいものが本当にない。というか、わからない。でも「特にないです」とも言えないし、どうしようって毎回困っていた。めんどくさいからラーメンが好きということにして(実際、ラーメンは深く考えなくていいから好きだ)毎回「じゃあラーメン食べたいです」って答えてなんとかやり過ごしていたような気がする。1700字くらいまでテンポよく書いていたのだが、倒れるように眠った夫が目を覚まし、このまま放っておけば寝るだろうと見込んでいた娘までも目を覚まし、ブログ執筆が中断してけっこうどうでもよくなってしまった今。なにが書きたかったのかな、つまり自分が食べるものを選ぶ、決めるというのは大変だということだ。zineのイベントに出展したくて申し込んだのだけど、途端に何を作ったら(書いたら)良いのかわからなくなった。書きたいことはあったけど、本当に書きたいことなのかとか。ブログを印刷すればzineになると言ってくれた人もいて、そう思ったこともあったのだが、できれば書き下ろししたい。