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福島の人に直接話を聞く機会があった

「なかなか震災前の売上に戻らない」。
原発事故の影響で地元を離れた人のうち、ほとんどは戻らなかった。和菓子屋の売上は人口の減少にモロに影響を受けた。
販路を求め、機会があれば関東に出向き販売した。味は確か。東京にも電話で注文してくる固定の客ができた。それでも売上は震災前まで戻らない。

こんな話、テレビにも新聞にも、ネットにも溢れてる。私だって報道を通じて知っていた。
それでも現実に被害を受けた人から聞く話はとても深刻で、心に重く響いた。

ネットの普及で、震災の被害を受けた人のコメントも写真も簡単に手に入るようになった。欲しなくても目に、耳に情報が入ってきた。こちらから応援のメッセージを送ることも簡単になった。手のなかにあるディスプレイをなぞれば、「心は一緒です」「共に闘いましょう」「応援しています」驚くほど簡単に伝えられる。心の底から思っていなくっても、相手に届けられる。

でもそこにはリアリティがないから、心に残らない。心を打つこともできない。取り残された牛が骨だけの姿になって草原に横たわっている写真も、見たときは衝撃を受けるし悲しい気持ちになるけれど、すぐに忘れちゃう。
目の前に傷ついた人がいたら、声をかけるのも勇気がいる。何て言葉をかければいいのか。自分の発言が相手を傷つけないか。陳腐な言葉に聞こえないか。あれこれ考えを巡らせて勇気を振り絞って発する言葉もあるだろう。
けれど文字を打つだけで、相手の顔を見ずともそれができたら。対面したときほど心を込められるだろうか。心を込めてないから、「絆」なんて言葉を自分が使ったことですら忘れちゃうんじゃないの、と思う。

現場主義。よく聞くけれど、物事を自分の目で見聞きするまでは、本当のことなんて分からないし、心で感じることなんて絶対にできないと思う。わたしはリアルを大切にしたい。