サイゼリヤ

妊娠して悪阻が始まり食べられなくなったものは多いけど、何故だかふと頭に浮かんだものは食べられる。先週からずっと気になっていたサイゼリヤのミラノ風ドリア、今日ようやくテイクアウトして食べることができた。久しぶりに食べたミラノ風ドリアは美味しかったし気持ち悪くなることもなかった。

 

 

ミラノ風ドリアは子どもの頃から大好きなメニューで、実家の一番近くにあるジャスコ(当時はイオンじゃない)で買い物をしたあと、かなりの頻度でそこにあるサイゼリヤに行き、母と妹とお昼ご飯を食べていた。食べ足りない時はプチフォカッチャ付き、たまに、食後のトリュフアイス。

 

 

記憶に残るランチといえば、かつてのラフォーレ原宿新潟店(現在のネクスト21)の最上階あたりに、濃厚なデミグラスソースがたっぷりかかったとろとろ卵のオムライスが有名なエスプリ(だったと思う)というレストランがあった。わたしが小、中学生だった頃、週末になると母はよくわたしと妹を連れて、街に出かけて洋服を買ってくれた。昼には決まってエスプリに行き、三人でオムライスを食べた。大好きなお出かけコースだった。

 

 

 

家族四人でカプリチョーザにハマったこともあった。ライスコロッケとパスタとピザ。テーブルの上にあった料理のほとんどがトマト味だったような気がするけれど、そこに必ず妹の大好物たらこスパゲッティもあった。食卓の風景は覚えていないけれど、楽しかった。家族全員の笑顔がそこにあった。

 

 

 

29歳にもなってこんなことを思い出すのは、いま、お腹の中に赤ちゃんがいて、これからはわたしが夫と、上に振り返ったような思い出を子どもと共に作っていくことを想像したからだろうか。

 

 

大人になって自分の給料を好きに使えるようになり随分とグルメなものを食べるようになったけど、そればかりが記憶に残るのではないなと思った。

6月22日の日記

前回の診察が6月8日。丸2週間経った今日、ブルーベリーほどの大きさ(6mm)だった赤ちゃんが、そら豆サイズ(2cm)に成長していた。心臓が動いているのが見えた。毎日泣きたくなるような苦しいつわりを耐えている甲斐があったと思った。実は心のなかで楽しみにしていた母子手帳、今日の診察をもって市役所に届け出てOKだったんだけど、体力がもたなくて断念した。つわりはこんなにしんどいのに、(安定期に入るまで)妊娠していることさえ周りの人に話せないのは余計につらい。おとといしんどすぎてTwitterでつわりがしんどい妊婦さんたちのツイート見てたら、「安定期に入るまでが一番つらいんだから、どんどん周囲に言って、サポートしてもらいたいときはサポートしてもらおうよ」と言ってる人がいて、そうだよなあと思った。例えば周りに妊娠を伝えていないから我慢して普段通りの生活を送らざるを得なかったり、だからつらいことも言えなかったり、その結果どうなるか、例えば職場の妊婦さんがつらさを周りの人にわからないように隠していたら(ツイッターでは仕事中に具合悪くなったらトイレで休憩してる人とかいた)、同じ職場で働く夫から「職場の妊婦さんはそんなにつらそうじゃなかったよ」って言われるかもしれない。そんなん嫌やな。とはいえ安定期に入るまで「何があるか分からない」というのも、まあわかる。話はそれるけど、国を挙げて不妊治療に取り組む女性をサポートしていく!と杉田水脈が言っているのをみて、あーあ、と思った。気力があるときにちゃんと書きたい。最近は夫と、子どもが産まれたら連れて行きたいところ、やりたいことを話すのがすごく楽しい。

6月16日の日記

無職何日目か分からない。

 

…が、この間いろいろあり、どちらにしろしばらく会社員という選択肢はなさそうなので、「フリーランスの書く人」を名乗ることをようやく決意した。

 

わたしの父はカタブツだから娘が「正社員以外」になることを嫌がる。わたしが結婚してもなお口を出す。まあ、それが親というものなのかも知れないけど。

 

 

世の中には「本人としては言いたいが、他人が聞かされて困ること」がある。今回はそれに該当するのだと思い黙っているのだけど、なかなかしんどいな。このあいだシオンに行ったとき、その場にいた人たちー決して長い付き合いではないけれどわたしが信頼している人たちーにたまたまお話しできたことが嬉しかった。

 

どうも日によって体調が全く違うので、未だに食べるものに関して不自由を感じている。大勝軒のラーメンが食べたいし、スリランカキッチンのフィッシュカレーが食べたい。めまいがする。

 

 

何を書いていいのか分からないけど、読んだ文章に対して毎回何か思うのは編集者魂だろうか。わたしは何かと比較しなくても「良い」ことが伝わる文章を書きたいと思った。

 

 

知りたいことがあり図書館でひととおり本を借りて読んだ。同じことについて誰かに相談した。人に聞くことと、本を読むことの、ちょうど中間みたいな立ち位置で、何かを知る方法はないものか。難しいもんだなと思った。

ポジティブおばけ

体調を崩してから、難しい本を読んだり難しいことを考えたりするのが、面倒というかつらくなってしまった。体調が悪いということをブログに書くのも憚られた。普段はあまり気にしない「読んだ人がどう受け取るか」ということを気にして、とりあえずブログを書くのをやめておいた。休むということは、時には自分のために良いのかもしれない。なにかをしないと一日を無駄に過ごした気がしてしょうがなかったこれまで、やる気はあっても身体が追い付かないいま、まあ、これでも良いかなと思うしかない。ずっと、自分のことを急かしすぎていたのかもしれない。とりあえず時間はあるので、水出しだったら1リットルに対して2袋必要なルイボスティーを、煮出して作る(1リットル1袋)とか、いわゆる「ていねいな暮らし」を実践してみることにした。それから、最初に書いた「難しいことを考えることがつらい」現象について。特に金沢に引っ越してきてからかなあ、これまで読み物といえば小節派(?)だったのが、ドキュメンタリーとか、ルポとか、そういうものを好むように変わった。最近買った本は、雑誌を除けば社会問題や地球環境などを扱った小難しい本ばっかりだ。そういうものを読むことも、もしかして、どこかでしんどかったのかもしれない。改めて、自分の趣味嗜好というものを見つめ直している。

金沢に戻る予定だった日

なんとか体調を整え金沢に戻ろうとしていたものの、午後3時、ぎっくり腰(重度)を発症。ベットから起き上がれなくてなった。あまりの痛さに過呼吸。ダメだこりゃ…。

他人事にしたくない

外国を訪れるたびに、自分のなかにこれまで無意識のうちに醸成されてきた偏見や差別に改めて気づかされる。それから自分のなかの違和感と向き合い、一つずつ、その偏見や差別を払拭する作業をしていくのだ。

 

昨春、2度目の訪問となったサンフランシスコ。一人でアジアンアートミュージアムに向かう途中、間違って「治安最悪」と言われるテンダーロイン地区に足を踏み入れてしまった。私はなるべく不安な表情を出さないように気を付けながら、急ぎ足でそのエリアを通り抜けた。そのときに感じた疑問が当時の日記に書いてあった。

 

 

なぜホームレスは汚いと言われるのか?
ホームレスがいる街は治安が悪いのか?
人はなぜホームレスを軽蔑するのか?
なぜ黒人を怖く感じるのか?
ホームレスは犬を飼ってはいけないのか?
なぜ人は家や職を失うのか?
それは本人だけの原因なのか?

 

 

(※これらの疑問はわたしが日本の状況を照らし合わせた上で抱いた疑問なので、単にテンダーロインの状況を書いたものではないです)

 

 


サンフランシスコの街なかで“Black lives matter”と書かれたフラッグを目にすることがあった。新型コロナウイルス感染拡大防止のため国を超えた連帯が求められる今、なぜアメリカ一国内で分断が生まれているんだろう。違う、ずっと差別はなくなっていないのだ。

 

アメリカを訪れるたびに、心がヒリヒリする感じがする。アメリカに住む人はみんな、この「ヒリヒリ」を感じながら生きているんじゃないかと思う。幸か不幸か、日本で「ヒリヒリ」を感じることは少ない。

 

たとえ遠く離れた国の誰かを想い心を痛めたところで現実は変わらないと言われても(言われたことあるけど)、どうやって「自分には関係のないこと」と言えるのだろう?私は誰かが差別されている状況を「自分には関係のないこと」と言って沈黙したり、突き放したりする自分でありたくない。

 

 


どんな場面でも自分が「マジョリティ」でいられる保障なんてどこにもない。一つの差別を許すことは、他の差別を許すことにつながる。誰かを許容しない/できない社会は、一体、自分にとって生きやすい社会なのだろうか?私は、自分のなかにある差別心に無自覚でいたくないし、世の中の差別に鈍感でありたくない。

 

 


より良い社会を作るために必要なこと、それは自分が受けたことがない心の痛みを少しでも想像すること、自分の身にふりかかったとのない差別を自分ごととして考えることだと思う。たとえ自分が被差別者じゃなかったとしても、他人を想って共に声をあげることができるアメリカの人たちは素晴らしい。

 

 

 

誰かの権利を守ることは、自分の権利を大切にすることにつながる。全ての人の命が平等に扱われる社会をつくりたい。 

5月30日の日記

5月28日(木)、朝から胃腸の不調を感じながらも北陸新幹線上越妙高駅で特急しらゆきに乗り換え、地元新潟に帰ってきた。嫌な予感は的中し、実家に到着するや否やダウン。胃腸炎を発症。 丸2日間寝込んで、病院でもらった薬を飲みながら、ようやく回復してきた。

 

私は1年に1、2回、決まって胃腸炎にかかる。ウイルス性のこともあれば、ストレス性のこともある。働いていないのにストレスなんてあるかいな、と思ったけど、働いていないことこそがストレスの原因なのかも、とも思った。

 

 

無職っていう現状がしんどくなってきた。

別に、好んで働いていないわけではない。

「無職」や「失業中」という言葉はキャッチーだけど、実際何も面白くない。

 

一日ヒマをしているのが嫌だから何とか丁寧な暮らしをしようとするけれど、もともとそんなものが性に合っていないから一生懸命働いていたのだ。

なんか生産性があることをしなきゃ、と思って始めた英会話もつまらない。

ブログも楽しくない。自分が書く文章がつまらない。

私の生活に新たな刺激や学びがない。

 

 

このあいだ、夫が私のインスタを見て「退職してから、内省的な投稿ばっかりになったね」と言った。こんな状況だから積極的に外に出て活動する、っていうことができないにしろ、その通りすぎて、しばらく考えさせられた。

 

 

コロナのせいじゃない。私のせいでもない。

もちろん前向きでありたいけど、会社が倒産したこと(会社を倒産させたこと)を責めたくなる日もある。

 

 

やりたいことは分かっているけれど、やりかたがまだ分からない。

 

 

 

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上越妙高駅から眺める景色は新潟そのもの。 

 

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loveniigata 

 

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乗る新幹線を間違えたため、上越妙高で1時間の乗り換え時間が発生。駅から徒歩2分の天然温泉で朝風呂をした。

 

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特急しらゆきは見た目がかわいい。

 

 

 

 

 

いろいろ、ちょっと休もうと思う。