家の中に入れない

昨晩、バイト先の女将からLINEが届いた。「明日は事情があって臨時休業するから、シフトが入っていたところ悪いけど、お休みしてください」とのこと。つい先日、取材でスキー場に行ってスノーボード熱が再燃していたところだった。降って湧いたような休日、このチャンスを逃すわけにはいかない!明日は娘を保育園へ送ったら富山のスキー場へ行こう。ワクワクする気持ちで眠りについた。一晩中雪が降っていたようで、今朝目を覚ますと外の世界は真っ白になっていた。遅れて起床した娘に「ほら、雪が積もっているよ」と伝えると、「ほいくえんのまえにゆきあそびしたい」とテンションが上がっている。「じゃあ、ベランダでちょっと遊んでから保育園に行こうね」。いつも通りEテレを観ながら食パンを食べさせ、遅刻しないようにと少し急ぎ気味で身支度を終えて、玄関から私と娘のブーツを持ってきてリビングからベランダに出た。娘は雪を踏み締めながら「あしあとがついてる」「たのしいね」と嬉しそうな様子。娘の笑顔に、何か良いことをしたような気分になった。なんとか9時前に登園をして、ウキウキしながら家に戻ってくる。待ちに待った、久しぶりのスノボだ。早いところ荷造りをして出発しよう。玄関の鍵を回すと、ドアが開かない。そうだった、夫がスキー合宿で不在にしているから上下ある鍵を両方とも閉めていたのだった。下の鍵も回す。それでもドアが開かない。ドアガードが閉まっていることに気付いて、一気に血の気が引いた。不安が強い私は、夫が不在で不審者や泥棒などが怖いからドアガードまで閉めていたのだ。ちなみに娘と外に出るために使ったベランダ側のドアは内側にしかドアノブが付いておらず、外側からは決して開けられないようになっている。「このままではスキー場に行けない!」、一気にパニックになった直後、みるみる自分が嫌になってきて、久しぶりに死にたくなった。どうして、いつもこんなことになってしまうんだろう。とはいえ落ち込んでいる時間はない(早くスノボがしたい)。夫に若干キレ気味で電話をかけた(※自分にキレている)。「ドアガードを閉めたまま外に出ちゃったんだけど」「え、何やってんの」「どうしよう、(マンションの)管理会社に電話したらいいのかな」「管理会社に電話したところで解決しないでしょ」「じゃあどうしたらいいん(キレ気味)」「ちょっと待って、電話はつないだままにしておいて」一分も満たないうちに、すぐに夫からYouTubeのリンクが送られてきた。「ドアガードを外側から開ける裏技!紐を使って簡単に解錠する方法」とある。「これを見ながら同じようにやってみて。必要なビニール紐は管理人さんにもらえるかどうか訊ねてみるといいよ」と夫。すぐさま管理人室へ向かい事情を伝えると「ビニール紐はないようなのですが」と代わりに太めの麻紐を貸してくれた。YouTubeを観ながら同じようにやってみるけれど、焦っているせいか上手くいかない。「やってみたけどできないんだけど」と夫に電話をかける。夫から「ビニール紐じゃないと上手くいかないんじゃない?落ち着いて、一度コンビニでビニール紐を買ってきたら?」と提案されるも、こちらは一刻も早くスキー場に行きたいのでコンビニに行っている暇などない。「上手くいく気がしない。どうしよう」と煽る私。「俺の同級生の〇〇っているでしょ、鍵屋の。そいつに聞いてみたら」と言われて、それだ!と思った。すぐに電話番号を調べて問い合わせると、近所のためすぐに向かってくれるという。ものの5分ほどで鍵屋さんはやってきた。もしもドアや鍵を破壊して、丸ごと交換になったら莫大な費用がかかりそうだ、いつかテレビで観た、警察が暴力団のアジトに突撃するシーンが頭をよぎり、またまた不安になってくる。「ところで鍵屋さんはどういう方法で開けるんですか。私さっきYouTubeを観ながらやってみたんですけど、上手くいかなくて・・」「それってビニール紐を使うやつ?うちも同じ方法だよ」「えっ鍵屋さんも同じ方法でやるんですか、もう少し自分で頑張ってみればよかった」思わず本音を漏らしてしまった。費用は税込11,000円かかるらしい。玄関の前にやってくると、状況を確認した鍵屋さんから「っていうか、何でドアガードなんて閉めてたん。こんなん意味ないよ」と言われた。「夫が不在で、不審者とか不安で・・」と正直に答えたが、おそらくこの不安を理解してもらうことはできないだろう。「やけど、簡単に開けられるよ」。鍵屋さんは私がさっきYouTubeで観たのと同じように、ビニール紐をひょいひょいとドアの内側にあるドアガードにかけ、それをドアの上部にかけて、十分ほどで見事、外側からドアガードを開けて見せた。「何で同じようにやっていたのにできなかったんだろう」と私が言うと、「まず、この紐(麻紐)だと太すぎて無理だね」と鍵屋さん。夫に言われたとき、素直にコンビニに行っていればよかったのだ。「急がば回れ」とはまさにこのことだろうけど、ビニール紐を手にいれたところで、パニックになっていたから上手くいかなかったに違いない。続けて鍵屋さんから「方法だけを真似してもダメや、仕組みを理解して、実行すること」と言われたとき、何か物事の確信を教わったような感じがした。ドアが無事に開くまではパニックだし落ち込んでもいるから家に入ったらすぐにエビリファイを飲まなくてはと思っていたのに、家の中に入った瞬間またも「一刻も早くスキー場に行きたい」衝動が再発し、衝動性の赴くままウェア、ブーツ、ボード、ゴーグルに手袋など一式を揃えて出発、薬を飲み忘れたことに気付いたのは車を運転し始めてしばらく経ってからだった。夫は「トラブルは立て続けに起きるものだ」と、鍵トラブルがあった後にスキー場へ行くことを心配していたけれど、スキー場では怪我をすることなく楽しく滑ってくることができた。平日のスキー場は人がまばらで、吹雪いていたけれど雪質も良く、久しぶりのスノボはものすごく楽しかった。雪の上を滑っているとき、降り積もったばかりのふわふわの雪に足を取られながらも波に乗るように斜面をくだるとき、吹き付ける雪に顔が痛くなるとき、生きている実感がある。スノボをしているときの自分が好きだ。加速するときやターンするときの心地よい緊張感。ここでしか見られない美しい雪景色。本当に(鍵が開いて)来ることができてよかった。年に一、二度くらいしか滑らないけれど年々上達しているような気がするのは、技術が上達しているというよりも、どんな急斜面にも怖気ない、度胸が付いてきているからなのかもしれない。

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写真はスキー場からの帰り道。富山県南砺市は吹雪で一寸先も見えないような状況。目に見える世界は白、黒、ときどき稲の黄金色しかなかった。