家族

ずっと家族のことを書いてみたいと思っている。私が自分で築いた家族ではなくて、生まれた頃から一緒に暮らしていた家族のこと。思い出すことさえ辛いことも多い。自分が子どもを持ってから、振り返ってより理解が難しくなる父の言動もあった。私は今も自分が幼い頃の写真を見返すことができない。私が父と母から膨大な愛情を注がれていたこと、父と母が家庭を築き、彼らなりに一生懸命生活していたこと、それが過去のものとなってしまったことと対峙することができない。それでも向き合い、書きたいと思うのは、すれ違いではあったかも知れないけれど、そこに愛があったことを確認したいという気持ちが自分のなかにあるのだと思う。けれど私は、家族について書くことは一生ないだろう。過去には色々あったが一応は落ち着いてそれぞれがそれなりに暮らしている現在の平穏が、秘密によって支えられている(と思っている)からだ。私はどこまで家族のことを知っているのだろうか。私が「秘密」だと思っていることを、本当に家族は知らないのだろうか。わからないけれど、この秘密を隠し続けないと平穏を保てないと思っているなかで、秘密を避けては通れない書くという行為は、不可能だと思うのだ。村井理子さんが書いた『家族』を読んだ。ふと思ったのは「村井さんは家族全員が生きていたとしたら、この本を書くことができたのだろうか」ということだった。私は生きていて、夫と娘という新たな家族がいる。父にも、母にも、妹にも、それぞれの人生があってそれぞれの生活がある。誰の人生も壊したくない。私は家族みんなで幸せになることは諦めたけれど、バラバラになった家族のそれぞれが勝手に幸せになることに希望を持っているのだ。いつか私が家族について書くときは来るのだろうか。家族のなかで誰よりも先に死んで、書くこともなく終わるのかもしれない。別にそれでもいい、その程度の書きたい気持ち。