シーブリーズのボディシャンプー

最高気温が30度だった昨日、夕方、娘と共に長めの昼寝から目覚めて、夫が近所のドラッグストアまでお酒を買いに行くというので気分転換にみんなで外出した。店頭に汗拭きシートや制汗スプレーといった夏らしい商品が並び始めると、私が子どもの頃、父が好んでシーブリーズボディシャンプーを使っていたことを思い出す。まだ日が沈まない時間にお風呂に入って、お父さんのボディシャンプーを使ってスカッとするのが好きだった。続けて、母と共用していたビオレのフェイスウォッシュの匂いを思い出す。当時私が中学生ということは母は30代後半くらい。ずっとスキンケアにお金をかけることがなかった母だけど、私と妹が自立してからは美容用品もそれなりに好きなものを使えるようになったようで陰ながら嬉しい。東京(と、つい書いてしまうのだが、実際は都内へのアクセスが良い神奈川県に住んでいた)で暮らしていた頃、夏は楽しかった。下北沢でバイトをしていた頃は、早起きして小田急線に乗り、ひとりで店のオープン作業をするのが好きだった。東京都写真美術館で毎年開催していた世界報道写真展を観に行くことは私にとって夏の恒例行事で、大学をサボって恵比寿に行き、ゆっくりと写真を鑑賞して、資料室で一休みして、モボモガでごはんを食べて代官山、渋谷あたりを目的もなく歩くのが好きだった。当時を思い出し大好きだったKyteを久しぶりに聴きたくなってApple Musicで探したのだけど、お気に入りのアルバム「Science for the living」と「Dead Waves」がない。仕方なく「Two sparks, two stars」を聴いているんだけど、本当は私、「Science for the living」も「Dead Waves」もCD持っているんだよね。手元にあるのにデバイスが異なるために選択肢から外れていくっていうのは、機械に行動を左右されている感じがしてあまりいい気がしない。もうすぐ参院選憲法改正が本当に嫌で、改憲勢力議席を伸ばすことが本当に怖い。ちなみに県知事選では元金沢市長の山野さんに当選してほしかったけど、インスタグラムを覗いたら「能登の血が通った山野に投票を」って(能登で)呼びかけていて怖かったのとその他諸々の理由で共産党のいいもりさんに投票しました。結果、一番当選してほしくない人が知事に選ばれてしまった。もともと与党に批判的で黙っていても投票をしに行く人たちと寄って集まって「憲法改正嫌だよね」、「野党には頑張ってほしいよね」、「投票行こうね」と意見でもない言葉を交わしてささやかな達成感と安心感を得ることに限界を感じていて、本当に与党の得票を阻止したり、投票率をあげたいのだとしたら選挙に無関心なひと、なんだかんだで自民党が一番と思っている人にアプローチするほかないと思うのだけど、どうしたら良いのだろうなあ。手段として選ぶべきは少なくともSNSではないような気がしている。最近、フェミニズムに飽きてきて、いうかフェミニズム自体は生涯自分に大きく関わるテーマだと思うのだけど、「時の人」と言うのだろうか、フェミニズムで有名な人たちの発言を追いかけていったときに、果たして彼女たちの目指すところは何なのか、どこへ向かっているのか、目標に向けたアプローチとしてそのアクションは適切なのか等々、以前から抱いていた疑問が自分のなかで隠しきれなくなってきて、距離をおきたくなっている。昨晩、ふと日本のフェミニズムって何なんだろう。と思ったときに、数ヶ月前に金沢21世紀美術館で観た「フェミニズムズ」の違和感を言語化しないことには、私のなかにあるもやもやを解消できないような気がした。一度読んだ本を読み返すことはほぼなかったのだけど、最近夫が川上未映子の「夏物語」を読み始めたので、私も読み返している。