Keflavík

 

 

RÚRÍ 「RAINBOW I」
“The rainbow materializes out of the blue, lasts for a few moments and disappears as suddenly as it appeared. Nobody can grasp it, nor even get close to it, yet it holds a very special value for most people.”

突如として虹はかかり、少しのあいだそこにとどまり、突然現れたのと同じように姿を消す。誰も虹を掴むことはできないし近づくことさえできないが、多くの人にとって、とても特別な意味を持っている。

https://ruri.is/2011/09/26/rainbow/

 

2018年の春、日本から8,593km離れたところにある氷と火山の国、アイスランドを訪れた。成田空港を飛び立ち、デンマークコペンハーゲンを経由して、Keflavík国際空港に到着したのは出発から24時間以上が経過した、夜23時だった。人口約40万人、国土の10%以上が氷河で覆われたその国に興味を持ったのはアイスランド出身のバンドSigur rosシガー・ロス)がきっかけだ。私は高校3年生のとき、学校帰りに立ち寄ったHMVで彼らの5枚目のアルバム「Með suð í eyrum við spilum endalaust」と出会って以来、熱心なファンを続けている。アイスランドには10日間ほど滞在し、その間、レンタカーで「リングロード」と呼ばれる国道一号線を反時計回りにひたすら進んだ。3月末といえば日本ではすっかり春の陽気だが、アイスランドはまだまだ寒さが厳しく、ところどころ完全に雪に覆われて車道とそれ以外の見分けがつかないところもあれば、吹雪のため一寸先も見えないような真っ白な雪の世界のなかを、Google Mapに表示された現在地を示す青い点を頼りに前へと進むこともあった。馬と出会い、トナカイの群れと遭遇し、群生する苔に心を揺すぶられた。たびたび見かける滝は、虹がかかっていることが多かった。草木を湿らす水、土に含まれた水、滝と共に舞う水、それらが太陽の光を反射して輝いている。アイスランドは光に包まれた国だった。そして、音がなく、匂いもない、私がこれまで「外国」に抱いていたイメージとは全く異なる国だった。シャワーから流れ出るお湯はどのホテルに泊まっても強い硫黄の臭いがして、数分間シャワーを浴びているだけで身体の疲れが消えていくような気がした。ガソリンスタンドもスーパーマーケットも観光客向けのスーベニアショップも、どこも夕方6時になると店じまいして、町のなかは静まり返った。アイスランドでは、日が昇っている時間がとても貴重なものだった。私と夫はフィヨルドに沿った曲がりくねった道、ときにガードレールもない急なカーブの崖道を緊張しながら進んだ。Höfnで感動するほど美味しい羊肉を食べ、Núparでは人生で初めてのオーロラを観た。道に迷い困り果てて訪ねた民家では、その家に暮らす英語が通じない高齢女性と出会った。Egilsstaðirでは到着前に旅の疲労から夫と大喧嘩をして、せっかくオーロラを望む屋外ジャグジー付きの宿に泊まったというのにほとんど一度も会話をせず部屋から出ることもなかったことも、今となれば懐かしい。鯨が訪れる街Akureyriには2泊して、そのうち1日はローカルスキー場に行き異国のスノーボードを楽しんだ。島と呼んだほうがふさわしいその国を一周、1,300km回ってふたたび首都Reykjavíkに戻る。アイスランドを象徴する建築物でもあるコンサートホールHarpaを訪れると、国際ピアノデーに合わせて、自動演奏のピアノが展示されていた。ひとりでに沈んでは浮かぶ鍵盤と共に奏でられる音楽、そのピアノほど美しい音色を私はこれまで聞いたことがない。アイスランドのポストクラシカルミュージシャンÓlafur Arnaldsによる音楽だった。最後の市内観光が終わり、19時過ぎ、夕焼けのなか(この時期のアイスランドは20時半頃になってようやく日が沈む)ReykjavíkをあとにしてKeflavíkにある空港近くの宿に向かい車を走らせた。ふとSigur rosが聴きたくなり車内で「Með suð í eyrum」を流した途端、涙が溢れてきて止まらなくなり、涙はたちまち嗚咽に変わった。窓の外に目をやると、雲に溶け込むような、かすかな虹が見えた。私にとって、このときに見た虹はアイスランドのロードトリップを象徴するものとなった。虹は突然現れ、私の心を掴んだのち、気づいたときにはまた空に戻っていくかのように自然と消えている。私が愛する本に「人間は神秘なしに生きることはできない」という言葉がある。私たちが生きる世界は神秘で溢れている。異国で見たほんの一瞬の虹が心のなかにいつまでもとどまり、私の人生を支えている。(2023)

 

 

Sigur rosの8枚目のアルバム「ÁTTA」と、ジャケット写真を手がけたアイスランド出身のアーティスRÚRÍの作品から刺激を受けて、アイスランドで観た虹の写真を作品にしたい、アイスランドを一周した旅の記録を言葉としてまとめたいと思いました。印刷は富山県南砺市リソグラフスタジオ「RISOGURA」(https://risogura.com/)にて。今年6月、プライド月間にあわせて実施していた“4 colors 4 pride”というキャンペーンに賛同し、印刷をお願いしました。