日記

冗談ではなく最近ジャニーズのせいでなんとなく心が不安定な日々が続いている。意識しなくてもテレビからネットからジャニーズについての情報が入ってくる。X(ついに「Twitter」と呼ばなくてもいいやという気持ちになってしまった)でもぶつぶつ呟いているが、Xに書き続けてもと思ってはてなブログを開いた。これまでジャニーズ所属タレントをコマーシャルに起用していた企業が相次いで継続を取りやめ、また今後起用しない旨を明らかにしているようだが、逆に「ジャニーズが組織として終わっていたとしても、木村拓哉さんは人間として本当に素晴らしい人です。私は木村拓哉という人間に惚れ込んでいる。これからも木村拓哉さんに当社の製品PRをお願いしたい」って企業なり社長が一つでもないのかよと思った。みんな手のひら返しでジャニーズとの縁を切って、まあほとんど上場企業だし?リスクマネジメントの観点からも?とか言い分はわかるのだが、その程度の付き合いだったというのが、別に木村拓哉のことめちゃくちゃ好きとかそういうわけじゃなくてただ自社のPRにちょうど良かったからみたいな、まじでビジネス(つまり金)だけの付き合い、そういうのを見ていてなんだか虚しくなってしまったのだ。木村拓哉かわいそうみたいな(念のため付け加えておくと、今回の件、私は木村拓哉めちゃくちゃダサいと思っている)。ちなみに後半触れるTBSの特番で元ネスレ日本法人社長(だったと思う)が「ビジネスパートナーは互いにそれはダメだよとか言い合える関係である」と語っていた。つまり、ビジネスでさえない(ただの金目的)。「犬を飼っている」と言うと「どこで買ったの?」と聞いてくるひとがいる。「ペットショップで」と答えると「え…ペットビジネスに加担するなんて…最近では保護犬をお迎えする方法もあって云々」といきなり説教されることが過去にニ、三度あった。あんただれ。悪名高きペットショップ「Coo&RIKU」が最近さらに話題というか週刊誌報道かなにかがきっかけで従業員が「インフルエンサー」にタレコミし、それをまとめたような記事を見た。「クーリクいう組織はまるで犯罪集団のようだが、自分が退職したら店の犬たちが殺されてしまう」という使命感だけで同社での仕事を続ける従業員。「自分が救わなければそのまま死んでしまうと思った」と、クーリクに金が渡ることに葛藤がありつつも展示されていた犬猫を買ってきた消費者。一般論で「え、ペットショップで買ったの?それってよくないんじゃないの」と言ってくるような人よりも、先に述べた従業員や客の方がよっぽど人間らしくて信用できる。一度目の記者会見で井ノ原や東山が社名について「これからも残したい」という説明があったが、例えば、腹の底では喜多川のことを尊敬しておりまたは恩を感じておりやはりジャニーズという名前は残したいという気持ちがあるのであれば、それをそのまま話して、存分に責められてみれば良いのではないかと思ったりする。また、今晩NHKに続いてTBSがなぜ前社長による性加害や組織的隠蔽を報道してこなかったのかという特集をしていたが、これもまた綺麗事ばかりで、視聴者として私は何を観せられているのだろうという気持ち。反省のポーズを取れば報道機関としての体を保てると思っているのだろうか、むしろ「スポンサーのこともありステークホルダーも多く、ドル箱だったんでタブーに触れられませんでした」くらい開き直ってほしいような気もした。いつか何かで誰かが(うろ覚えどころか何も覚えてないな…)「日本は歌舞伎の国」と書いていた。テレビを観ていても街で出会った誰かと話をしていてもそう。本心がわからず表情が見えず、みんな何かを演じている。まさにロールプレーイングゲーム。ジャニーズをみんなで責めていいことになったからみんなで責める。喜多川は悪者になったから喜多川をみんなで責める。今は反省したほうがいいからみんなで反省する。誰も何も自分の頭で考えておらず、ただ空気を読み求められている役を演じているだけ。