日記

先週、我が家に新しいオーブンレンジがやってきた。3年前、私が一人暮らしをしていた頃から使い続けていた無印良品のオーブンレンジが壊れたときに夫が代わりのものを買ってきたのだけど、それはオーブン機能が付いていないただの電子レンジだった。温め時間も20秒刻みでしか選択できないようなかなり質素な電子レンジで、その分値段も安かったと聞いているけれど(妊娠中だったため完全に夫に任せた)、私はずっとパウンドケーキを焼いたりマフィンを焼いたりしたい気持ちを我慢してきた。娘が生まれると一緒にお菓子を作りたい欲がどんどん増して、家電量販店へ行くたびにケーキを作ったりクッキーを焼いたりする妄想を膨らませてきた。子どもが生まれる前、私は会社員をしていて安定した収入があった。収入はあったがゆっくりとお菓子を作って楽しむような時間はなく、かわりに地域情報誌の編集者としての知識、たとえば地元で人気のパティスリーだとか、いつもすぐに売り切れてしまう焼き菓子専門店だとか、そういう情報をばかりを蓄えていき、お金を払えば自分で作るよりもはるかに美味しいものを食べられるのにあえて手作りする意味なんてどこにあるのだろうと思うようになっていった。自分で作る醍醐味は、作る過程そのものであり完成を待つ時間である。今朝、私がバターロールに挑戦しているあいだ、夫は「まるで自給自足のような時間の流れ方だね」と言っていた。つい先日、テレビでほとんど自給自足をしている家族を紹介する番組を見た。自分たちが着る衣類を手作りし、薪で火を起こして風呂を沸かし、料理も床下暖房も暖炉も火でまかなう。時短を謳う家電が人気を集めるのはすなわち家事をする時間がないからで、浮いた時間に何をしているかと言えば多くの人は仕事にあてているのではないだろうかと思う。ひるがって自給自足ファミリーは金ではなく生きるためのこと、つまり家事をライフワークにして時間を費やしていた(余談だが田舎暮らしや自給自足ライフに触れて「金を使わず金を生み出すこともない生活なんて」と驚きの表情を見せるコメンテーターや芸能人の馬鹿馬鹿しさよ)。バターロール作りでは一次発酵(35℃)で40分待ち、生地を9等分してから丸めて10分休ませ、その後の二次発酵(40℃)でさらに40分、のんびり待った。8時半にパン作りを始めたが、レシピに「15分間こねる」とあった生地をつくる作業に45分もかかり、当初夫に「10時には焼きたてを食べられると思うよ」と伝えていたのだが、結局、9つのバターロールが焼き上がったのは11時だった。たびたび思い出すことがある。高校生の頃、オープンキャンパスのついでに親戚を訪ねたときのこと。東京を案内してくれたおじさんが「東京は電車を逃してもすぐにまた次の電車が来るんだよ。便利だけど、電車を待つ時間は立ち止まって休む時間でもあるから疲れちゃうんだよ」と話していた。待つ時間、誰かに待たされる時間は作業を止めて休んだり考えたりする時間でもある。2回の発酵時間のあいだ、オーブンレンジの前でスツールに座ってただツイッターを見ていた。このあいだに本でも読んだらもっと豊かな時間になるのかなと想像しながら、完成を楽しみに待った。二次発酵を終えた生地はこれまで触れたことがないほどやわらかくてふんわりしていて、こんがりと焼き上がったバターロールは既製品と比べても遜色ないくらいおいしかった。